花の便り

Shiba, TOKYO 2017

ようやっと東京の桜が咲いた。体調があまり思わしくなかったが、仕事が早めに片付いたので、目黒川を散歩してみることにした。池尻大橋駅から中目黒駅まで川沿いを歩いたが、今年の花は足並みが揃っていなくて、なんだか勢いがない。それでも待ちわびた桜を観に、平日の夕方とは思えない人出があった。

Ikejiri-Ohashi, TOKYO 2017

中目黒駅から日比谷線で六本木へ移動し、森美術館で開催中の「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」へ。全く知らないアーティストの個展だったけれど、聞こえてくる評判が好いので行ってみた。ピンク色のポスターに「チャーミングな旅」というタイトルから、もっと陽気で楽観的な雰囲気の展覧会かと思っていたが、予想に反して、経済成長の功罪−−特に労働と格差の問題を扱ったような批判精神の旺盛な作品が多かった。
ただ、曼荼羅図やテキスタイルのような、小さなモティーフを画面に敷き詰める「作風」のためか、ハルシャの作品からは、あまり社会批判の泥臭さを感じない。西洋絵画史のデッサンの観点から言えば稚拙な描線、時折顔をのぞかせる子供の思いつきのような冗談めいてやや謎めいたモティーフが、非西欧文脈の現代美術の立ち位置を明快にしていた。

Roppongi, TOKYO 2017
Roppongi, TOKYO 2017
Roppongi, TOKYO 2017

また、モティーフの反復を立体的に見せたミシンのインスタレーション、子供とのワークショップの成果展示も、絵画作品のテーマと手法をそのまま引き継いで、展示構成に統一感があった。最後の部屋に展示された大作は、月並みな感想ではあるけれど、日本で形成された宗教や思想のルーツに、やはりインドがあることを思わせて、壮観だった。

Roppongi, TOKYO 2017

美術館を出て、complex665とピラミデビルのギャラリーをいくつか梯子する。TOMIO KOYAMA GALLERYでは、パウロ・モンテイロというブラジルの作家の個展をやっていた。ミニマルな感じだが、作品の大小・形態を問わず、語りかけたくなるような、どこか愛着のわく動物くささみたいなものがあって良かった。OTA FINE ARTSでは、十年前に亡くなった松澤宥の展覧会が開催されていた。

翌日、思いがけず休みをもらえることになった。風は強かったが晴天だったので、芝増上寺の御忌大会に出向く。黄檗幽茗流の野点席で煎茶をいただき、舞楽の奉納を鑑賞し、寺内をぶらぶらした。敷地内でカメラを携えた警視庁の人が歩いていたので、なにやら物騒だと思っていたら、ここ数日の間に各地で被害が報告されている液体事件のようだった。油のような染みが重文の三解脱門にも確認されたとのこと。なんとはなしに気味の悪い事件である。

Zojoji, TOKYO 2017
Zojoji, TOKYO 2017
Zojoji, TOKYO 2017

特に予定もないので、練行列を見て、宝物展示室で「台徳院殿霊廟模型」を鑑賞した。高村光雲らが監修したこの模型は、当時の職工たちを集めて制作したものだそうだ。明治43年の日英博覧会に出展された後、英国王室のコレクションに収められていたものが、二年前に増上寺に里帰りした。戦災で焼失した霊廟の姿を伝える貴重なもので、見えない細部へのこだわりが尋常でなかった。

寺を出て、大門へ行く途上の更科布屋で遅めの昼食をとる。銀盤の純米吟醸に焼き茄子ともり。ほどよく酔ったところで、ふと思い立って、東京ステーションギャラリーへ向かった。「パロディ、二重の声――日本の一九七〇年代前後左右」と題した展覧会を観る。どちらかというと「じっくり読み込む」タイプの展覧会だったが、いかんせん酒が廻って、あまり頭に内容が入って来ず、失敗した。意欲的な展覧会だったが、この手の展覧会は、文化としての厚みや多彩さを見せるのが難しいと改めて思った。

体調不良もあって、ひとり物静かな花見ではあったが、久々にのんびりできた二日間だった。

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