実家で飼っていた猫のりんたろうが、土曜日の昼に逝った。生まれて間もないりんたろうを拾ってきたのは、僕が19歳の夏のことだった。この七月で15年だったから、人間で言えば75歳くらいまで生きたことになる。老衰だった。愛猫家という程でもないが、十数年来の家族の他界にあたって、やはり何か書き残しておこうかと思う。

りんたろうとその姉を拾ったのは、夏の雨の日のことだった。厳密に言うと、僕が拾ったのではなく、近所の借家住まいのカップルが保護したのを一時的に引き受けたものの、里親が見つからなくて、そのまま飼うことになったのだが。野良の母猫が育児放棄したようだった。
保護したのは、アメリカンショートヘアの血を引いていると思われる茶トラの雑種で、オスとメス一匹ずつ。メスの方は、僕の高校時代の同級生が引き取ってくれることになったが、オスの方は里親が見つからず、結局僕の家で飼うことになった。母はずいぶん文句を言ったが、愛らしい子猫を保健所に送ることはできなかった。名前は、森鴎外の本名からとって、りんたろうにした。
りんたろうは、気位の高い猫だった。あまり人に懐かず、神経質で警戒心が強かった。比較的いつも棚の上など高いところに居て、不機嫌そうにしていた。毛並みが美しく、成猫のときは、ライオンやチーターのような風格があった。動物病院が大嫌いで、体調不良の際に病院に連れて行ったところ、まさに猛獣のごとく抵抗するので獣医に匙を投げられた。後にもう一匹、オスの子猫を引き取ることになったのだが、弟分と比較すると随分と野性の血を保った猫だったと思う。母猫に捨てられた日、雨の中で一生分鳴いたのだろうか、ある程度育って以降、ほとんど鳴くということがなかった。
僕は23歳の夏に実家を出て一人暮らしを始めたので、りんたろうと一緒に暮らしたのは彼の人生の三分の一に過ぎなかったことになる。ある程度年をとってから、りんたろうは家のあちこちに粗相をするようになって、実家の父母は随分と手を焼いた。僕のこともいつまで覚えていたかはわからない。たまに実家に帰ると、彼は僕や僕の荷物の匂いをふんふんとかいで、「ふん、まあ良かろう」というような顔で僕の入室を認可した。
今年の正月に実家に帰ったとき、りんたろうはずいぶんとやせ細っていた。年相応のことだと思っていたが、五月の連休に実家に顔を出したとき、さらに体重は半減していた。両親と「この夏は越せないだろう」と話した。「命の重さ」という言葉があるが、こうやって少しずつ命は減って軽くなっていくのかと思った。そうして僕は、五年前に癌で亡くなった友人のテノール歌手の本田さんのことを思い出していた。猫と人とを並べて語るのも不謹慎かも知れないが、本田さんのパートナーが、本田さんの死後につづったブログの言葉が妙に印象に残っていた。
ただでさえ小さかった体が、本当に小さくなってしまいましたが、それは、本田さんが持っているエネルギーを全て使い切るまで、がんばって生き抜いた証だと思っています。
(ブログ「HEROのヒーロー」2012年11月30日の投稿より)
五月の終わり、りんたろうがいよいよ食事を摂らず動かなくなったと両親から連絡があり、仕事を早く上がった日の夜に、日野の実家まで行った。骨と皮ばかりになったりんたろうが、母の布団の上で寝ていた。浮き上がった背骨が呼吸に合わせて上下している。しかし、両親の報告に反して、その日、りんたろうは僕の前で立ち上がり、部屋の中を歩き廻った。僕がカメラを向けると、衰弱した我が身を撮るなと言わんばかりに、一丁前に尻尾で空をはたいて苛立ちを表した。死に際までプライドの高い猫だ。僕はなんだか安心して、りんたろうに別れを告げて自宅に帰った。
それから二週間後の土曜日の昼、りんたろうは両親に看取られて天国に召された。亡くなる二日ほど前から、弟猫がりんたろうに近づかず、離れて寝るようになっていたのだそうだ。りんたろうが近寄らせなかったのかもしれないし、猫が認識する生死の境界線が、人間とはちょっと異なるのかも知れない。亡くなったその晩、自宅前に焼却炉付の車に乗った業者がやってきて、りんたろうは前足に数珠をつけてもらい、花をまかれて火葬されたらしい。骨はりっぱな骨壺に納められたそうだ。僕は実家からの報告を受けて、自宅で白檀の香を焚いて寝た。
母から火葬の話を聞いたとき、りんたろうの遺体が地方自治体の有料ごみとして燃やされなかったのに多少安堵したのだが、りんたろう自身は、自分の亡骸がごみとして焼却されようが、前足に数珠をつけられて骨を拾われようが、たぶん知ったことではなかっただろう。なんと言っても猫だし、何せもう死んでいるのだから。ペットでも人でも、つまるところ、葬儀というのは死者のためのもののようでいて、その実、遺された者のために行うようなものなのかも知れない。人の中には自分の葬儀について生前希望を伝える人もいるけれど。そんなことをぼんやりと考えながら、僕はりんたろうがいない世界に、また白檀の香をくゆらせた。
