不思議なご縁で、初めて文庫解説のお仕事をいただきました。2014年に飛鳥新社から刊行された車浮代さんの小説『蔦重の教え』が双葉文庫に。その巻末の解説を執筆させていただきました。
崖っぷちサラリーマンの主人公が、江戸時代にタイムスリップし、版元・蔦屋重三郎の元で人生のノウハウを学ぶというストーリー。当時「実用エンタメ小説」と銘打って発売されたものですが、ここ最近のアートを絡めたビジネス書や転生モノの流行をかなり先取りしていたかのような作品です。
最初にお声がけいただいたときは、文庫化にあたって「ブックレビュー」をお願いしたい、ということだったので、ふたつ返事で神楽坂の双葉社さんにおうかがいしたところ、なんと「文庫解説」の大役。躊躇したものの、自身にとっても大きなステップアップになると思い、分不相応ながらお引き受けしました。
年末、小説を拝読し、僕がこの「解説」でするべきことはなんだろうと考えました。タイムスリップという設定が非現実的ではあるものの、そこかしこで物語が史実とリンクしていて、車さんが描く蔦重のキャラクターには、非常にリアリティがありました。現代の合理性では括れない変幻自在の才能が、掴みどころなく懐深い一人の人物像に結実しているのです。
この蔦重が、車さんの丁寧な歴史研究と江戸文化に対する深い造詣から構築されたものであることを、第三者として明言することが、僕が「解説」で果たすべきことだと思いました。本文が比較的、会話中心に進行する軽やかな文体なので、解説は敢えて堅めの文体にした方が、解説の趣旨が読者に伝わると思いました。
また原稿の途中で行き詰まった際に、この方向性で間違いないと背中を押してくれたのが、高橋克彦先生の帯文の言葉でした。「評伝として超一級……なのになぜSFなのだろう。……そしてそれは正しかった、と読後に感じた。」高橋先生が「評伝として超一級」とおっしゃるなら、僕の感じたリアリティは間違っていない。
僕は、蔦重の功績のすべての根本には、「接人以信(人に接するに信を以てす)」という彼の基本姿勢があると思っています。この墓碑の一節を引用しながら、なるべく小説本文の言葉を拾い上げ、解説を書きました。双葉社文庫編集部・編集長の丁寧な校正もあり、「お陰様」で、車浮代さんご本人にも、喜んでいただけたようです。また電子書籍にも掲載いただけることになりました。
多くの方の元に、蔦重の教えが届きますことを。
車浮代『蔦重の教え』双葉文庫